大判例

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東京地方裁判所 昭和59年(ヨ)2356号

申請人

菅原邦夫

右代理人弁護士

相馬功

鈴木繁夫

被申請人

パン・アメリカン・ウォールド・エアウエイズ・インコーポレーテッド

日本における代表者

ジョセフ・イー・ヘイル

右代理人弁護士

大久保純一郎

主文

一  申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  被申請人は申請人に対し金三六〇万円、及び昭和六〇年三月から本案第一審判決言渡に至るまで毎月二五日限り月額金三六万円を仮に支払え。

三  申請人のその余の申請を却下する。

四  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  主文第一項と同旨。

2  被申請人は申請人に対し、金三六〇万円を即時に、金三六万円を昭和五九年一〇月から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り、それぞれ仮に支払え。

3  主文第四項と同旨。

二  申請の趣旨に対する答弁

本件申請をいずれも却下する。

第二当裁判所の判断

一  被申請人は、東京都千代田区を始め日本各地に営業所を有する米国ニューヨーク州法人たる航空会社であり、申請人は、昭和四五年八月一七日、被申請人会社に期限の定めなく雇用され、成田空港において、搭乗手続業務等に従事していたこと、被申請人会社は、昭和五九年五月二日、申請人が被申請人会社の就業規則二三条「懲戒及び解雇」のAに列挙された事項の一つに該当するとして、同就業規則B4に基づき、申請人を懲戒解雇(以下「本件解雇」という。)したこと、は当事者間に争いがない。

二  被申請人は、本件解雇の理由として、「申請人は、乗客チェックイン業務を担当していた者であるが、昭和五九年四月二七日午後五時ころ、乗客トバ氏及び七名の団体客の手荷物八二個のチェックインを行うに当たり、六六個の手荷物が超過料金を受けるべき対象であることを熟知しながら、これに対する超過料金五六七六米ドル(約一五〇万円)の支払を受けないまま、八二個全部の手荷物に対する引換証の半券を交付し、もって超過手荷物六六個に対する料金の支払を受けることを黙過し、トバ氏及び七名の団体客に対し不当な利益を与えることを図ったところ、これが発覚し、到着地ニューヨークにおいて、被申請人会社はトバ氏らに超過料金の全額を支払わせた。申請人の右行為は、就業規則二三条Aの『不正直な行為のあったとき』、及び『会社の利益に相反する行為のあったとき』に該当し、その情状も重いから、懲戒解雇処分の選択もやむをえないものであった。」と主張する。そこで、本件解雇の効力について検討する。

本件各疎明資料及び審尋の結果によれば、次の事実を認めることができる。

1  被申請人会社の旅客業務に関する詳細なルールを規定したパッセンジャーマニュアル(以下「マニュアル」という。)によると、一定量を越えた超過荷物の料金徴収方法として、個数制と重量制とがあり、旅客の手荷物が制限個数又は制限重量を越えた場合は、旅客部員は超過荷物チケットを作成し、発行するとともに、超過荷物料金を徴収しなければならない、とされている。また、荷物の個数は、航空機の搭載重量を予測する際の重要な目安となるものであるから、旅客部員は搭乗手続業務をするに当たり、荷物の個数をコンピューターにインプットするよう指示されており、旅客部員に対する教育でもこの点は強調されている。なお、本件の成田発ニューヨーク行きの便は、乗客一人につき荷物二個までは無料、それを越えると一個につき八六米ドルの超過荷物料金を徴収されることになっていた。

被申請人会社には、右のマニュアルのほかに、管理職名で発せられる多数の指示、通達類がある。昭和五五年七月一〇日付け旅客運送部長発の旅客運送部全員あての「団体客の荷札の管理(再確認)」と題する指示は、団体客の受付に配置された者は、それぞれの旅行会社(の社員)に渡した荷札の記録を取り、荷物に荷札を付け終った時点で荷物の個数を確認し、未使用の荷札があればそれを必ず受け取ることと定めて、団体客受付の際の乗客の荷物の個数確認と未使用の荷札の確実な回収方とを指示している。また、昭和五九年二月二七日付け旅客運送部次長発の旅客運送部全員あての「乗客数並びに荷物個数のD・C・S・インプット」と題する書面は、コンピューターによる乗客受付及び積載量管理の拡大に伴い、乗客の体重、荷物個数の正確なインプットをすべきであるとして、次のように指示している。すなわち、「各位はチェックイン、インプットに正確な乗客人数及び荷物個数を記入するように確認されたし。例えば、大人二名、子供一名の家族をチェックインする場合は、“JONE3M……”ではなく、“JONE2M1C……”、とインプットせねばならない。同様に、荷物個数は乗客一名当たり一個ではなく、正しい実数でなければならない。各位の厳守を要請する。」と。

被申請人会社には、特定の乗客に対する優待措置として、<1>乗客が申し込んだクラスより上位のクラスの席を与えること、及び<2>超過手荷物分を無料とするサービスをすることの二種類があり、被申請人会社内部では、前者をU―1、U―2、後者をC―2の符丁を用いて表わしている。そして、旅客部員が、乗客の右のような優待措置を与える場合は、管理職の許可を得なければならない、とされている。被申請人会社の管理職とは、旅客運送部の場合は、部長、次長及び部長代理(デューティーマネージャー)を指し、課長(スーパバイザー)及び部員は非管理職である。優待措置のうち、<1>については、昭和五九年三月一日付け旅客部長発の旅客部各位あての「U―1、U―2の取扱いについて」と題する通達があり、同通達は、「U―1、U―2の取扱いは、デューティーマネージャー又はその上席者の許可を得てのみ行うこと、念のため注意致します。悪用者は解雇もあり得る厳しい人事措置の対象になります。承知の上、遵守して下さい。」と述べて、非管理職員が前記<1>の優待措置を管理職の許可を得ることなく適用することを禁じ、悪用者には解雇もあり得る旨警告しているが、<2>の優待措置(超過手荷物を無料とするサービス)については、このような指示、通達は存しない。

2  申請人は、昭和五九年四月二七日、旅客運送部の職員(スーパバイザー)として、成田空港内の被申請人会社の搭乗手続受付窓口で勤務していたところ、同日午後五時ころ、株式会社ニコル(以下「ニコル社」という。)の一行八名が申請人の受付窓口で成田発ニューヨーク行八〇〇便の搭乗手続をした。ニコル社は、ニューヨーク等でしばしばファッションショーを開催している衣料品メーカーであるが、かねてより被申請人会社の航空機を利用している得意客であり、申請人もこのことを承知していた。これより前の同月一八日、ニコル社の代表取締役である松田光弘(以下「松田社長」という。)は、申請人に電話をし、社員より一足先にニューヨークに行くため、同月二四日の成田発ニューヨーク行きのファーストクラス二席を予約するとともに、今回のニューヨーク・コレクションに使用する衣料品等の荷物は三〇個くらいになること、その荷物は同月二七日に出発するニコル社の社員が持っていくこと、社員は一〇名くらいである旨を伝えた。申請人は、同月一四日にも、成田空港で、ニューヨークへ出発する直前の松田社長から、社員たちは同月二七日に出発すること、今回のニューヨーク・コレクションに使用する荷物は全部で三〇個を少し上まわる数になることを告げられた。しかし、同月一八日も、同月二四日も、申請人は松田社長に対し、荷物の料金のことは全く話していず、松田社長からも荷物の料金についての話や依頼はなかった。

3  申請人は、ニコル社一行の搭乗手続をした際、日本空港サービス株式会社の社員(以下「空港サービス員」という。)に荷物に荷札を付けるよう指示した。この荷札は、搭乗手続を担当している被申請人会社の旅客部員が管理しており、通常は、同人の指示に基づき、同人の補助として空港サービス員が乗客の手荷物に付けることになっている。空港サービス員は荷札の束を受け取り、これをニコル社一行の荷物に付けた後(ただし、実際に荷札を付ける作業はニコル社側の者がした。)、残りの荷札を申請人に返した。申請人は、荷札を空港サービス員に渡す際も、空港サービス員から返してもらう際も、荷札の数を確認していず、また、ニコル社一行の荷物の個数も、後に述べる事情から確認しなかった。また、申請人は、超過荷物料金を徴収しないことにつき管理職員の許可を得なかった。申請人は、後記のとおり、川島部長代理から電話で問い合わせを受ける以前には、ニコル社一行の荷物の個数が全部で約八〇個あることを担当の空港サービス員から聞いていなかった。

申請人がニコル社一行の搭乗手続をした日は、連休前の金曜日であったこともあり、四月中で最も乗客数が多かった日で、相当混雑しており、しかもニコル社一行の荷物は、搭乗手続をする受付窓口付近ではなく、建物の外にある柱付近の地上に集めて置かれていたため、申請人が執務していた搭乗手続受付場所からは荷物の個数を確認することができなかった。申請人は、荷札を付け終った時点で荷物の個数を確認せず、ニコル社一行の荷物は事前に松田社長から聞いていたとおり全部で三〇個を少し上まわるくらいと思っていた。そして、申請人は、そのくらいの数ならば無料にしてもよいと思った。ところが、ニコル社一行の搭乗手続終了後、出発時刻直前に、上司の川島部長代理から申請人あてに航空機の機側から電話が入り、約八〇個の荷物を積み込むについて申請人が承認を与えたかどうかという問い合わせがあった。申請人は、荷物の個数が事前に松田社長から聞いていた数と異なるので、ニコル社の社員に電話に出てもらい、同人に、荷物が三〇数個であればサービスでもよいが、八〇個では無料サービスの範囲を越えており、料金を払ってもらわなければならない旨を伝えたところ、ニコル社の社員も料金の支払に同意したので、川島部長代理にもその旨を伝え、出発時間が迫っていたのでとにかくその場は荷物を積み込むようお願いした。その結果、荷物は積み込まれ、ニューヨーク行き八〇〇便は予定通り出発した。申請人は、四月二八日朝、ニコル社に電話をし、同社の役員から超過荷物料金を支払う旨の約束を得た。

ところで、申請人が荷物が三〇個を少し上まわるくらいであれば無料でもよいと思ったのは、最近は航空会社間の競争が激しく、顧客を確保するために各社とも種々のサービスを実施しているのが現状であり、被申請人会社としても、得意客に継続して利用してもらうにはできる限りのサービスをすべきである、と申請人は考えていたところ、ニコル社の社員や関係者は海外に出かける場合、被申請人会社の航空機をよく利用していること、今回のニューヨーク・コレクションのためにも、四月二四日には松田社長夫妻、同月二七日には同社の社員八名、そのほか同月二五日と同月二九日にも同社の関係者合計五名が被申請人会社の航空機を利用したこと若しくは利用することなどから、ニコル社が被申請人会社の得意客であることを知っていたからであり、しかも、今回の荷物はファッションショー用の衣類等が主であるから、個数が多い割には重量もそれ程かさまないであろうと判断したからであった。

4  申請人は、四月二七日夜九時ころ、被申請人会社の東京空港(成田空港)支配人であるビート・トラルバスの部屋に呼び出され、ニコル社の荷物八〇数個の積み込みを許したことにつき、御子柴清彦勤労本部長から質問を受けた。申請人は、ニコル社の荷物は三〇数個と聞いており、八〇数個もあったことは知らなかったことを述べたが、申請人は、同日中に自宅待機を命ぜられ、同年五月二日に解雇する旨を言い渡された。

他方、被申請人会社は、ニューヨークに到着したニコル社一行七名の責任者から、超過手荷物六六個(八二個のうち、一六個は無料)につき、一個当たり八六米ドルの超過荷物料金合計五六七六米ドルの支払を小切手で受けた。

5  被申請人会社の就業規則二三条Aは、「社員は下記の事項のみに限られた事ではないが、下記事項を含む理由により懲戒若しくは解雇処分に付されることがある。」と規定し、一五項目を列挙しているが、その中に、「不正直な行為のあったとき」及び「会社の利益に相反する行為のあったとき」がある。また、同条Bは、懲戒的行為の種類として、警告、訓戒、停職又は降給、懲戒解雇の五つを定め、懲戒解雇につき、「前項Aに述べられている様な違反でその情状が重大である場合には、社員は予告なしで即時解雇される。かかる解雇決定以前においても当該社員を無給停職に付すことがある。解雇処分を受ける社員には文書をもってその理由が通達される。」と定めている。

以上の事実が認められる。右事実によれば、申請人は管理職員の許可を受けることなく、自己の判断で、ニコル社一行の荷物全部を無料とする取扱いをしたこと、ニコル社一行八名の荷物は実際には全部で八二個あったから、料金を支払う必要のある超過荷物は六六個であったこと、しかし、申請人は、ニコル社の松田社長から、当日の荷物は全部で三〇個を少し上まわるくらいである旨を事前に聞いていたので、当日のニコル社一行の搭乗手続を担当した際も、荷物は全部で三〇個を少し上まわるくらいであり、したがって超過荷物は三〇個を少し上まわる数から本来無料である一六個を差し引いた一四個を少し上まわるくらいの数と思い込んでいたこと、申請人は、搭乗手続の際、自らニコル社一行の荷物の個数を確認せず、また、荷札付け作業担当の空港サービス員からその数を聞くなどして確認することもしなかったため、荷物が航空機に積み込まれる直前に電話で問い合わせを受けるまで荷物が八二個あることを知らなかったこと、申請人がニコル社一行の三〇個を少し上まわるくらいの荷物を自己の判断で無料としたのは、ニコル社がかねてから被申請人会社をしばしば利用している得意客であり、今後も継続して利用してもらうためには、サービスとして優待措置をとる必要があり、しかも、今回の荷物はファッションショーに使う衣類等が主であるから、個数が多い割に重量はかさまないであろうと判断したからであり、他に特別の意図はなかったこと、申請人は、航空機の出発直前にニコル社一行の荷物が全部で八二個あることを電話で知らされたので、直ちに、ニコル社の社員に、八二個ならば無料にするわけにはいかないので、規定どおりの料金を支払ってほしい旨を伝え、了解を得たこと、その結果、荷物はひとまず航空機に積み込まれ、到着地で超過荷物六六個分の料金が支払われたこと、申請人は、ニコル社一行の荷物の個数が当初の予定より大幅に多かったので、念のため、翌日の朝、ニコル社の役員から超過料金支払の約束を取り付けたことなどが認められる。したがって、申請人が、管理職員の許可を得ることなく、自分独自の判断でニコル社一行の荷物全部を無料とする取扱いをしたこと、及び前記認定事実3記載のような事情があったとはいえ、搭乗手続に際し、荷物の個数を確認せず、また、空港サービス員に荷札を渡す際及び使用後に荷札の返還を受ける際に、その枚数を確認しなかったことは、被申請人会社の指示に違反しており、その限りで申請人にも責められるべき点はあるが、申請人がニコル社一行の荷物全部を無料とする取扱いをするに至った動機及び経緯、荷物の個数が三〇個くらいではなく八二個であることを知った後の申請人の言動並びに被申請人会社に損害が生じなかったこと等前記認定の諸般の事情を考慮すれば、申請人の行為が被申請人会社の就業規則二三条Aの「不正直な行為のあったとき」又は「会社の利益に相反する行為のあったとき」に該当し、しかもその情状が重大であるとはいえないものというべきである。なお、被申請人は、本件手荷物の搬入は、申請人が乗客関係者に対し連絡をとり、あらかじめ搬入した手荷物はすべて無料で受け付ける旨の了解を与えていたものであり、しかも、申請人は荷物が八〇個くらいであることを事前に知っていた旨主張し、被申請人の提出した、永谷津喜生作成の「シューター作業経過報告」と題する書面(<証拠略>)及びニューヨーク旅客部長オコーナー発信の電文(<証拠略>)には、一部被申請人主張のような事実をうかがわせる部分もあるけれども、これらの疎明資料は本件の他の疎明資料と対比して採用することができず、他に被申請人主張の事実を認めるに足りる疎明はない。

そうすると、申請人の行為が被申請人会社の就業規則二三条A所定の懲戒事由に形式的には該当するとしても、その情状が重大であるとはいえず、申請人を懲戒解雇することは著しく妥当性を欠くものであるから、本件解雇は権利の濫用として無効というべきである。

三  したがって、申請人は被申請人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあり、また、疎明資料及び審尋の結果によれば、申請人の賃金は一か月三六万円であり(この点は当事者間に争いがない。)、毎月一日から末日までの分が当月二五日に支払われていたこと、申請人は、昭和五九年五月一日から賃金の支払を受けていないことが認められるから、申請人は被申請人に対し、昭和五九年五月以降毎月二五日限り一か月三六万円の割合による賃金請求権を有するものというべきである。

四  そこで、保全の必要性について検討する。疎明資料によれば、申請人は被申請人会社から受け取る賃金のみで生計を維持していること、申請人には妻と二人の子供(一三歳と五歳)がいることが認められるから、申請人がこのままの状態で本案判決の確定を待つときは、社会保険の適用上不利益を受けることは明らかであり、また、その間被申請人会社から賃金の支払を受けることができないとすれば、申請人が著しい損害を被ることは明らかである。これらの点に賃金仮払仮処分が暫定的な権利救済制度であることを考慮すれば、申請人が被申請人に対し、(1)雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めること、及び、(2)昭和五九年五月から本案の第一審判決言渡まで毎月二五日限り一か月三六万円の割合による賃金の仮払、を求める仮処分申請については保全の必要性が認められるが、その余の申請、すなわち、本案の第一審判決言渡後本案判決確定までの間毎月二五日限り一か月三六万円の賃金の仮払及び昭和五九年六月分賞与一二六万円の仮払を求める仮処分申請については、保全の必要性を認めるに足りる疎明がないというべきである。

五  よって、本件仮処分申請は、申請人が被申請人に対し、地位保全並びに昭和五九年五月から昭和六〇年二月まで一か月三六万円の賃金合計三六〇万円の仮払及び同年三月から本案の第一審判決言渡に至るまで毎月二五日限り一か月三六万円の割合による賃金の仮払を求める限度で理由があるから、事案に照らし保証を立てさせないでこれを認容し、その余は保全の必要性を認めるに足りる疎明がないから却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条ただし書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 矢崎博一)

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